幸せのバランス“無極”と“太極”の先を見る

SUR #002
YOKOさん

 

12歳で中国国家健将級プロ選手としてキャリアをスタート。以降、プロの太極拳選手として最年少で太極拳チャンピオンに輝くなど、現役時代は素晴らしい功績を残しました。

日本でスタートアップに挑戦し、現在は化粧品や健康食品を扱う日本メーカーの中国進出をサポートするコーディネーターとして仕事をしながら、太極拳をベースとしたエクササイズ“タイチ”インストラクターとして中国と日本の橋渡しにも尽力しているYOKOさん。

物事には必ず陰と陽がある、バランスや調和、感情のコントロールで何事も前向きに前進することを可能にしてきた精神、太極拳で築き上げた、心の持ち方と人間的な魅力に迫ってみました。

 

太極拳との出会い、父の応援からのスタートアップー

わたしの人生は、常に父がもたらしてくれるご縁と応援がありました。一人っ子として生まれ、父の仕事の関係で日本を身近に感じる環境で何気なく育ちましたが、まさか将来日本に留学し、スタートアップをするとは思ってもいませんでした。

体が弱く、少しでも強くなればと6歳で初めてスポーツを始めました。水泳などいくつかの竸技を見学し、出会ったのが「太極拳」でした。

若干12歳で国家チームの一員となり、プロ選手としての人生がスタートしました。ただ、まだ精神的にも幼かったわたしには大きな選択でした。今振り返っても人生で一番悩んだ時期でしたが、太極拳だけに生きることを選んだことに後悔はありませんでしたね。当時、母は大反対しましたが、父の応援が大きな力となり続けることができたと思っています。

自分の意思の強さと父の応援、いつしか反対していた母も大きな応援者となってくれました。

幼い頃から一番尊敬するのは父、父のすべてが憧れでよき理解者でした。ですから経験や知識が増えた今、父と対等に話ができることが何よりも喜びで気分転換にもなっていますね。

日本では考えられない環境かもしれませんが、学業よりも競技を優先する、練習ばかりの毎日を過ごしました。厳しい練習の毎日でしたが、最年少のチャンピオンにもなりました。これも一つのスタートアップだったのかもしれませんね。国家選手であることで自由はほとんどなかったですが、学生生活の思い出がないままに23歳まで約10年間を選手として過ごし引退しました。

 

 

心地いい距離感をつかんだ留学生活 ー

引退後のセカンドキャリアとして、現役時代に経験できなかった学生生活を留学生として送ることにしました。候補地はイギリスか日本。父の希望もありましたが、一人っ子だったので遠慮なく自分の意見を言うこともでき、最後は留学先を自分で決めましたね。

12歳の時に大きく悩んだのでこの新しい人生の選択に悩むことはなかったように思います。

日本への留学を選んだものの、日本語を勉強したことがなく不安しかありませんでした。最初に暮らしたのは神戸でした。同じ漢字文化だったこともあり、救いの手や人の触れ合いがたくさんあったことがとても印象的で今でも忘れることができません。

実はわたしは、依存タイプなんです。依存心の強いところが弱さだったと思います。

変わりたかったけれどいい方法が見つけられなくて、たくさん悩みました。日本語のレベルも未熟だったため、相談することもなく毎日を過ごしていましたね。中国の場合は、人との距離が近すぎることでのトラブルもありますが、留学中に人との付き合い方や気持ちいい距離感を保つことの重要性を学ぶことができました。

大学院では身体行動学を専攻し、スポーツにおける人間発達環境を学んでいたものの、わたしは団体競技を経験してこなかった選手だったこともあり、団体スポーツを軸とするこの学問になかなか馴染むことができませんでした。その後、大阪の大学院に移りスポーツ心理学に専攻を変更することになったのです。

まだ言葉の不安はあったものの、周りの協力とサポートが常にある不思議なご縁に恵まれて、人との距離感やバランスよく付き合える感覚を掴んできました。この頃、日常会話も問題なく話せるようになって暮らしにも自信がついてきましたね。

 

 

自分の弱さを知ることが次のステップに ー

かつての選手生活で、体が強くなったことへの自信や怪我と向き合った経験、体の痛みや壁を乗り越える精神力が「太極拳」で身についていたことも大きな力となっていました。そして意思の強さで困難を乗り越えていくことが自然に身についていきました。

社会生活においても同じで、自分自身に向き合いながら常に調整することやバランス、自己反省の毎日なんです。自分に向き合う距離を保つことにも役立ちましたね。

 恩師から、学業以外でも大きな学びがありました。

社会的な生きるスキル、人間関係の調和やバランス、分からないことを素直に受け入れることでした。

分からない自分を認め、他者に助けを求めることには今も常に向き合っています。自分を偽らないこと。聞いてみる貪欲さや学ぶ意欲が次の目標に駆り立てられますね。

 何より、分からないことに正直になることで新しいコミュニケーションが生まれることを楽しんでいます。

 

 

武術とスポーツを超えたものを伝えたい ー

「太極拳」を一言で表現するならばいい“気”が生まれ「性格が変わる」ことでしょうか。気をコントロールして相手を読む、落ち着いて自分を知り、表現することで一種のアンガーコントロールができると思っています。呼吸が深くなってゆったりとした動きと流れが意識できますし、それは幸福感にもきっとつながると思うんです。

やっていることはスピード感が求められたりもしますが、常に“気“がゆったりと「亀」になるようにしています。それは情報社会である現代のスピードだからこそ、もっと意識しなくてはならないものなのかもしれませんね。

 

幸せのバランス“無極”と“太極”の先を見る ー

男性社会で強く生きる女性は中国にも多いのですが、強くても女性としての柔らかさ、人にも陰と陽を持ち合わせることが必要じゃないかなと思っています。

“太極マーク”を知っていますか?

白と黒が緩やかに曲線で交差しようとしています。白の中には黒が、黒の中には白の点があります。

そして実は陰陽マークは実は動いているんですよ。自然の動き、時間のリズムによって境目が変わるという発想です。ちょうど季節がいつの間にか動くのと同じようです。

一見、白と黒だけのマークですが、実はグレーが隠れているんですよね。元々はグレー、そこから時間とともに白と黒が発生したという流れもあるんです。

真ん中の線は半分ですが、ぴったりと半分ではなく、柔らかい曲線を描いていることにも意味があります。半分だけど揺らぎがあることを見事に表現されているこの太極マークのイメージをわたしは常に心に思い描いています。

何事もやりすぎないことや、男女の関係も表せていると思っています。このような発想は仕事でも人間関係でもいつも意識しています。

丸を意識する、ペースを落とすことや陰陽があることへの意識や見え方。成長とともにそのものだけでなく周りも広く見れるようになりました。

木だけを見るのではなくその周りの小さな草や花への意識も忘れないようにしています。細部へ意識を向けることで、自然が動いていろんなものが生まれることへの理解が生まれます。

人生はバランス、バランスのいい人は幸せになれると思っています。

 

 

“わたしらしさ“副業タイチインストラクターへ

今、タイチインストラクターとしても活動していますが、教えるときは「みんなの幸せ」をただ願っています。これも一つのわたしらしさ。両者の幸福があることで成立する関係も幸福のひとつの形ですよね。

かつては競技者としてストイックに自分と向き合っていたからこそ見つけられた喜びなのかもしれません。

そして、技術の上達だけではなく、社会的なスキルや人とどんな風に調和していくか、武術とは違う健康の形としての意味がどこにあるのか物事の本質に向き合うことにもなりましたね。

だからこそ、武術でもスポーツでもない社会の小さな一員としてのスキルを教えるように心がけています。

競技者として“自分と向き合う”ことから“教える”という立場になったことで、いろんな経験を持った人と出会えることが大きな喜びになり出会いを楽しむことが仕事へのモチベーションにもなっています。

今、中国では教育の一環として太極拳を守っていこうという動きが活発なんです。先日、太極拳がユネスコの無形文化遺産として登録されました。太極拳が武術ではなく「文化」として世界に認められたということです。

いいものを次世代に伝えていきたい。理解や意識を超えて正しいものをわたしらしく伝え、残していきたいです。

 

ちょうどいいことの美しさを大切に ー

「太極拳」には自分が気持ちいいと思えることが大切なのかもしれません。

無理をすれば怪我をしやすくなり苦しくなってしまいます。美しい型、心地いい呼吸は何か、全身運動としての健康やバランスを伝えたいんです。

内から外へ、外から内へ「ちょうどいい」を見つけるようにしています。相手の攻撃を受け止めて自分の動きのエネルギーにするし、守りながら相手のパワーを吸収しエネルギーを放出する。

それは相手の力を利用することで自分を成長させ、効率よくパワーを使うこと。そこがいいのかなと思っています。

 

ネガティブな競争をしなくてもいいように ー

現在は中国向けECサイトの商品開発サポートやコンサルティングをメインに活動しています。化粧品や健康食品が中心ですが、商品にもバランスがあると思うんですよね。認識次第で改 善点がたくさん見えてくる。もっといいものをと思える楽しさです。

自分を知ること、ちょうど良さはどこなのか。

感情のバランスを大切に、必要なタイミングで行き過ぎないように、言い過ぎないように心がけています。

これからは自分らしい新しいものを作っていく時代に入っていくと思います。これからの時代にどうすればいいのか、時代を自分なりに感じてバランスの取れる人だけが残っていくのではないでしょうか。

わたしの好きな言葉に「天地不如地利、地利不如人和」があるんですが、シンプルに表現するならば「天時、地利、人和」(「天の時、地の利、人の和」)です。天の与える機会、有利な地理条件(条件が有利に働くこと)、そして人々の一致団結を指しています。

与えられた環境だけでも、有利な条件だけでもなく、人との調和を重んじることで初めて成功できるという孟子の思想です。

自分の置かれた状況で最大限の力が発揮できるよう、前向きに挑戦したいと思っています。

なので、いつかまた学生となって学んでみたいですね。スポーツ選手にもいろんな分野で活躍するチャンスがあることを伝えたいんです。

スポーツビジネスやスポーツツーリズムに興味があるので、健康や睡眠、運動の関係をもっと紐解いてみたいです。

 

 

スタートアップを目指す女性たちへ ー

今、我慢することや待つことのできない人が多いと思います。

信じることを諦めないようにして欲しいですね。

やめなくてはいけない時は必ず周りの力が何か働くはず。

だから、我慢することには必ず価値があります。

その為には、コミュニケーションの質が下がらないような工夫や意識をして欲しいですね。

 

二極の考え方があることで常に物事の見方を変化させながら認め合う。調和があってこその社会を意識している姿、武術から健康を願い、健康から心のよりどころへ。その魅力を暮らしに取り入れているYOKOさんの働き方に強さと魅力を感じました。

 

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協力・写真提供/YOKO

特別協力/Nozomi Takada(TAI CHI LIFE)

@taichistudioofficial

聞き手・文/Chikayo Kono Modrušan

@croacica

撮影/Chizuru Kobayashi(LITORA)https://litora.jp